議会報告
議会報告議会情報市政速報リンクご意見箱
討論

 

平成12年 3月15日 第1回定例会本会議より

「日の丸・君が代の強制反対に関する陳情」への反対討論

 

提出された「日の丸・君が代の強制反対に関する陳情」

 私たちは肉親をアジア・太平洋地域の戦場で失い、悲しみを秘めて戦後を生きてきました。しかし、戦争というものの罪悪を痛感するにつれ、私たちの思いは複雑なものとなりました。
 私たちの肉親を奪ったあの戦争はアジアの国々への侵略戦争であり、私たちは肉親の死を、「意義あるもの」として慰めることができなかったのです。戦没者遺族であるからこそ、私たちは誰よりも平和を強く求めます。そして日本政府が再び戦争の惨禍をもたらすことがないよう、最善の努力を払うことを願います。そうすることが、私たちの肉親と、アジアの人々の不条理な死をむだにせず、意義あるものとする唯一の道だからです。
 国旗・国歌法は、成立の前後からあちこちに影響を与えました。大相撲で優勝した外国人力士が、アナウンサーから君が代を歌うよう求められたり、国旗・国歌を尊敬できない人は日本国籍を返上してほしいという岐阜県知事の発言や、教員採用試験の場で、日の丸・君が代をどう指導するかとの質問があった等々。
 しかし、アジア・太平洋戦争当時、日本のシンボルであった「日の丸・君が代」に対し、戦没者遺族が、ぬぐいされない感情や記憶を持っていることは、容易に想像し、理解できることと思います。
 このことは、我が国の歴史と将来に関心を寄せる市民にも、少なからず共有されてきた、ゆるがせにできない思いでもあります。それは、アジア諸国の戦没者遺族にとっては、もっと強いものに違いありません。本法案の国会通過によって、これらの思いがいやされ、氷解したとは言えません。むしろ、このままでは逆の結果を招いてしまいます。
 愛国心とは、強制的指導や命令によって生じるものではありません。誰にとってもその国が安心で住みやすい社会である時に、自然にわき出てくるものです。その時、子供たちは自国を愛し、その国で大人になることに誇りと希望を持って学習に取り組もうとするのです。実態のない敬礼や斉唱を強制させる力は、特定の権威や利益団体に都合のよい、強いもの勝ちの国歌の為に国民を利用していると考えられても仕方ありません。
 教育委員会の役割は、国政に合わせて国民を管理・教育することではなく、子供一人一人の多様性を伸ばし、尊重する教育が行われるよう支援することのはずです。
 3、4月は、武蔵野市の公立小・中学校で、卒業式・入学式があり、学校現場での日の丸・君が代の扱いに関して、教育委員会が介入する可能性が考えられます。
 以上のような趣旨をご理解いただき、下記事項についてご検討いただきたく陳情いたします。

1.日の丸・君が代の扱いについては、各公立小・中学校の判断に任せ、独自性を尊重し、強制しないこと。
2.公立小・中学校における卒業式・入学式は、児童・生徒の自主性を尊重できる形式とすること。
3.日の丸・君が代をめぐる公立小・中学校教職員の言動について、処分や不当配転の対象としないこと。

 

「日の丸・君が代の強制反対に関する陳情」への反対討論

島崎義司





▽悠久の歴史が育んだ「日の丸」と「君が代」

 世界の国々にはシンボルとなる国旗と独自の国歌があります。
 国旗や国歌には、その国の歴史・伝統・文化など国民共通の理想が込められており、公的な式典などには必ず国旗が掲げられ国歌が斉唱されます。これはどこの国でも行なわれているごく普通の風景です。

 我が国の国旗「日の丸」国歌「君が代」は、外国との積極的な交流が始まった明治初期に制定されましたが、「日の丸」は大宝元年(西暦701年)には既に元旦の朝賀に「太陽を形どった旗」として掲げられていました。

 これは長い稲作中心の生活の中で、私たちの祖先が太陽の恵みに感謝し、重要な場面でこれを表現するために掲げていたものと思われます。
 平安から戦国時代にかけても文献にたびたび登場し、その後、南洋貿易のための朱印船や幕府の御用船にも使われ、日本の長い歴史の中で途切れることなく愛用されてきたのです。

 幕末、日本近海に欧米列強の船が次々と現れると、海上防衛のための大型船建造が必要となり、外国の船と間違えないようにするために安政元年(1854年)「日の丸」が日本の総船印となりました。その後、明治3年(1870年)には太政官布告によって「日の丸」が日本の国旗として各国に伝えられたのです。

 一方「君が代」は『古今和歌集』の「読人知らず」を原歌とし、薩摩琵琶歌『蓬莱山』の一節「君が代」の歌詞より引用されています。国の平安と人々の願いを表したこの歌は、国歌(国の歌)という概念が生まれる遥か以前から千年以上、祝賀の歌として身分にかかわらず人々に親しまれ続けてきました。

 明治初期「欧米各国には国歌がありすべての儀式で演奏する」ということを知った当時の指導者は、千年の歴史を持つこの「君が代」に日本古来の雅楽の音階を付けて国歌とすることにしました。

 そして明治13年(1880年)の天長節、明治天皇の前で国歌として正式に披露したのです。 このように、長い歴史と伝統に育まれた我が国の国旗「日の丸」国歌「君が代」は、だれにも恥じる必要のない素晴らしいものであり、国際社会でも慣習として広く認められてきたものなのです。

▽世論は教育現場の混乱を望まず

 しかし戦後、ごく一部の人達が「国旗・国歌は軍国主義のシンボル」などと、言いがかりのような「日の丸」「君が代」への反対運動を展開し、学校でも子供まで巻き込んで教育現場を混乱させることが毎年この時期くり返されてきました。

 そして昨年2月、広島県世羅高校では卒業式の国旗掲揚・国歌斉唱をめぐり学校長が自殺するという最悪の事態に及びました。
 政府が国旗・国歌を法制化しようとした目的は、この教育現場の混乱解消にありました。

 良識ある多くの国民はこの法制化を支持し、国会では衆議院を賛成403・反対86の圧倒的多数で通過、参議院でも賛成166・反対71という衆参国会議員の実に4分の3以上が支持して昨年8月に「国旗及び国歌に関する法律」が施行されたのです。
 この法制化には、学習指導要領だけでなく成文法の面でも校長の指導を支え「世羅高校のような悲劇を二度と繰り返してはならない」という願いも込められているのです。

▽国旗・国歌の正しい理解は国際常識・マナーを涵養する

 公教育で自国の国旗・国歌の意義を教え、その尊重を指導するのは当然です。
 これは世界の全ての国で行われている国際常識としての教育であり、ましてや、21世紀は科学技術や経済など世界的な競争が一層激しくなる中で、日本人としてのアイデンティティーを確立しながら社会を生き抜かなければなりません。

 同時に、国際貢献・スポーツ・学術の分野でも外国と交流はさらに増えるでしょう。そのような国際社会で活躍するためには、礼儀作法の国際常識である外国の国旗と国歌に敬意をはらう態度が大切なことは言うまでもありません。
 逆にいえば、自国である日本の国旗や国歌にすら敬意も払わぬ日本人と接したとき、外国の人はその人やその国を本当に信用できるでしょうか。

 さて、本陳情を含め一部マスコミや政党・団体は、法制化を「国旗・国歌の強制」と声高に叫んでいます。
 しかし、文教委員会でも質疑がありましたが、児童・生徒が苦痛を伴うほど長時間の指導をするわけでもなく、まして、歌いたくない子供の口をこじ開けて「歌わせよ」などというものではありません。その意味での強制は有り得ないのです。

 しかし、校長や教員には、学習指導要領「国旗・国歌の意義を理解させ尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるよう配慮する」という指示に沿って指導する義務があります。
 これは法制化以前の問題であり、教員が指導要領を無視して子どもたちが国旗・国歌を学ぶ機会を奪う自由は許されていません。その意味では校長や教員は拘束されていると言えます。
 従って指導要領を逸脱した教員が相応の処分を受けるのは、やむを得ないことなのです。

 これを機に、今後は国旗・国歌の意義を正しく理解した子供たちが日本の歴史や文化・伝統にもっと誇りをもち、同時に外国の歴史と文化にも、より理解を示せるような心豊かな人間に育ってほしいと願うばかりです。

 そして、卒業式・入学式では生徒が自然な気持ちで国旗「日の丸」を仰ぎ、父母や教職員とともに国歌「君が代」を高らかに歌う。これは、どこの国でもみられるごく普通の光景であり、全体主義とも軍国主義とも一切関係がないのです。

 尚、この「国旗・日の丸、国歌・君が代」を否定する陳情は、自由民主クラブ7人・市民クラブ4人・市議会公明党3人・21民主1人が反対して、不採択とすることができました。

 

もどる

 

一般質問・代表質問] [基本構想審査特別委員会] [予算・決算特別委員会
討 論] [視察報告] [PDFかわら版] [トップへ