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討論

 

平成13年 7月 9日 第2回定例会本会議より

「首相の靖国神社公式参拝反対に関する意見書」への反対討論

 

提出された「首相の靖国神社公式参拝反対に関する意見書」

 小泉首相は、首相就任後一貫して「8月15日に首相として靖国神社を参拝する」と公言しています。
 靖国神社は、戦前は陸・海軍の管轄下にあり、「国=天皇のために」戦死した者を「神」「英霊」として祀ることを通じて、国民を軍国主義の下に統合し、中国などアジアへの侵略戦争に動員する精神的な支柱の役割を果たしました。戦後、一宗教法人となってからも靖国神社は、先の戦争を「偉業」と肯定し続け、しかもA級戦争犯罪人として裁かれた東条英機元首相ら14人をも「国難に殉じた人」として、合祀(神として祀る)しています。
 首相の靖国神社公式参拝は、首相という公人が参拝という「宗教活動」を行うことであり、明らかに憲法の政教分離の原則に違反する行為です。また、軍国主義を象徴するような神社への公式参拝は、かつての侵略戦争を肯定することになり、戦没者の真の追悼にはならないばかりか、日本の侵略戦争によって多大な被害を受けたアジア-太平洋の人々を深く傷つけることになります。
 よって、武蔵野市議会は、先の戦争を深く反省し、すべての戦争犠牲者を追悼するという立場から、小泉首相の靖国神社公式参拝に反対いたします。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出します。
平成13年7月  日

内閣総理大臣 あて

 

「首相の靖国神社公式参拝反対に関する意見書」への反対討論

島崎 義司

 靖国神社は、明治2年(1869年)、始めは戊辰戦争、すなわち幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦で斃れた人達を祀るために東京招魂社として創建されました。

 その後、同神社には、嘉永6年(1853年)のいわゆる黒船来航以来、明治改元までの15年間、幕末多難の時代に、「安政の大獄」や「禁門の変」などによる犠牲者を始め、新国家建設を夢見ながら、志半ばにして斃れた吉田松陰や坂本龍馬・高杉晋作・橋本左内・中岡晋太郎、その他多くの幕末の志士も祀られるようになりました。

 そして、明治10年の西南戦争以後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた方々が祀られ、明治12年に靖国神社と改称されて、現在、2百46万6,344柱の御霊が祀られております。大戦後50年以上たった今でも、新たに身元が判明した戦死者の遺族から、合祀の依頼があり、その数は毎年少しづつ増えつづけているといいます。

 さて、今回の、おおよそ英霊と同じ土を踏む、日本人が出したとはとても思えない、本意見書では、先ず、「天皇のために戦死したものを神として祀る靖国神社は、中国やアジアへの侵略戦争に国民を動員する精神的支柱だった」と述べています。

 これは、全く悪意に満ちた、死者の魂を冒涜する、卑劣極まりない文言です。

 19世紀の後半から20世紀の前半、世界は当時の列強と呼ばれる国々が世界の分割統治をめざした、殖民帝国主義全盛の時代でした。

 この中にあって日本を取り巻く状況も、北からは常にロシア南下の脅威にさらされ、南ではインド・マレーシア・ビルマ、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどが次々と欧米列強の植民地となっていきました。

 迫りくる列強の触手に、日本も服属国の民として隷従を強いられるか、近代化を進めて国を富まし、兵を強くすることで独立を守るかの二者択一しかありえない状況にありました。

 当然ながら当時、わが国が独立を守り抜くことは、国民的コンセンサスでありました。そのような中でおこったのが大東亜戦争・アメリカの立場から言えば太平洋戦争です。

 このような背景を持ちながら、国家の召集とはいえ、純粋な気持ちで、祖先から受け継いだ国土や故郷を、そして、親や兄弟、妻や子供を守るために必死で戦い、不幸にして命を落としたのが靖国に祀られている英霊たちです。

 言うまでもなく、靖国の主人公は英霊とその家族・戦友です。しかし、肉親・戦友の方々の高齢化は顕著で、英霊はすでに物を語れません。

 今回の意見書は、この物言えぬ戦士や、人生の舞台から姿を消し行く人たちの気持ちや人生の誇りを全く考えず、土足で踏みつけるような言論の暴力ともいえ、許しがたい行為です。

 また、本意見書では、「A級戦争犯罪人14人も神として合祀している」と非難していますが、これも日本人の発想とは思えません。歴史を日本人として見るか、敵国として戦った日本人を憎む外国人として見るかによりますが、明らかに後者の視点で述べられているといえます。

 たしかに、当時の日本の指導者には、戦争という政策遂行にあたって、一方で、日露戦争などの教訓を生かせず、和平や第3国の仲介といった多方面での外交交渉や、戦局の判断を誤り、その結果「敗戦」と「多数の犠牲者をだした」という点では、日本国民に対して責任があります。

 しかし、国家に一命を賭したという事実は、いわゆるA級戦犯も一兵卒も同じで、戦争で国に命をささげた人々をどのように慰霊するかは、それぞれの国の、固有の文化であって、他国から、とやかく口出しされるべきものではありません。

 そもそもA級戦犯とは、戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」なるものの判断でありました。

 しかし、当時の国際法は、国家に対して適用されるものであり、「個人を裁いた東京裁判は、始めから無効なもの」というのは、今や、洋の東西を問わず有識者の間では常識となっております。

 この「東京裁判」の判事団は、アメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドという、日本と交戦した9カ国に加え、アメリカ保護領フィリピン、イギリス属領インドより選ばれた、計11人で構成されましたが、この恣意的な構成だけをみても、いくら当時とはいえ、とても公正な裁判と言うことはできません。

 しかも、交戦国であったオランダ代表のバーナード・ウィクター・A・レーリング判事は、判決に際し「ドイツに比して刑が重過ぎる」との見解を出し、フランス代表のアンリー・ベルナール判事は、「この裁判は法の適用および手続きにおいても誤りがある」との意見書を出し、裁判の不当性を指摘したといいます。

 また、判事団では唯一の国際法の専門家でもあったインド代表の判事、ラダ・ビノード・パール博士は、終始一貫「これは裁判にあらず、復讐の儀式に過ぎない」と、東京裁判自体を違法として根底から否定し続け、判決に際しても「この裁判は、国際法に違反しているのみか、法治社会の鉄則である法の不遡及まで犯し、罪刑法定主義を踏みにじった復讐劇にすぎない。したがって全員無罪である」と主張しました。

 すなわち、検察側の起訴状では「東条元首相以下28人の戦犯は、謀議して世界支配をたくらみ、“平和に対する罪”“人道に対する罪”を犯した」というものでしたが、この“平和に対する罪”“人道に対する罪”なるものは、当時の国際法上は存在していませんでした。

 これらは、日本が降伏するとわかりきっていた1945年8月8日、米・英・仏・ソが勝手に合意して、同年10月に発布した、国際軍事裁判条例に突如出てきた訳ですが、パール判事はこのことを指して、「事後法で裁くことは文明社会ではあってはならない」と訴え、さらに、「ハルノートのようなものをつきつけられたらどんな国でも矛を取って立ち向かうだろう」と述べたのです。

 なによりも、この裁判を演出したマッカーサーでさえ、東京裁判の誤りを告白し、昭和26年5月3日に開かれたアメリカ上院の軍事外交合同委員会の聴聞会においても、「日本が第2次世界大戦に突入していった理由の大半は安全保障だった」と明言しているのです。

 このように、相手国の責任者さえ認める裁判の誤りを、本意見書を提出した議員は、いまだにこの「東京裁判」にしばられ、これに何の批判精神も持たず、盲目的に自己否定、卑屈、無定見をさらし、東京裁判の奴隷のごとき境遇に、われわれ日本人を引きずり込もうとするもので、まさに日本人自体の存在の否定を強制しているものといえます。

 さて、本意見書では、「公人としての首相の公式参拝は、憲法の政教分離の原則に違反する行為」と断じておりますが、これも、過去の判決を知らない、無知識からくる誤りであると、指摘したいと思います。

 靖国神社参拝を違憲とする見解は、下級審では出されたことはありますが、これは傍論、すなわち傍らの意見であって、結論としては、平成5年2月の箕面市慰霊祭訴訟・最高裁判決での「宗教的儀式を伴う戦没者慰霊祭に公務員が公的に参列したことについて、社会的儀礼として差し支えない」との判断がすでに下されており、首相の公式参拝は、何ら憲法違反にはあたらないのです。

 本意見書には、「首相の参拝はアジア・太平洋の人々を深く傷つける」と、またぞろ、どこで誰に聞いたのか、近隣諸国を持ち出しています。

 近隣諸国と友好を保つことは大事なことではありますが、それは、どこまでも日本人が卑屈になるということではありません。

 むしろ、堂々と国家のありようから歴史観・経済まで、相手を理解しつつ、率直に自分の意見を言い合える仲のほうが、真の信頼関係は築けるものと私は確信しております。

 ましてや、靖国に眠る戦没者の圧倒的多数は、国家の命令で戦場に赴き、尊い命を犠牲にした方々です。

 日本の首相が、日本のためにかけがえのない命を落とした戦士を慰霊するための参拝を、一定の政治的思惑をもった他国の抗議のしり馬に乗って、阻止しようとする人たちが同じ日本人の中にいるということが、私には信じられないし、親子兄弟はもとより、私たち子孫のために戦ってくれた英霊たちの気持ちを考えると、このような意見書が出ること自体、残念で、悔しくてたまりません。

 祖先や両親、年長の人を敬わず、日本人すなわち自分自身の存在すら否定する、この意見書のような感覚は、当然、自尊心や自立心の育成を阻害し、近年の自分を粗末にする風潮の源流になっていると考えます。

 自分を大切にできなければ、他人へのやさしさや思いやりなどが芽生えようはずがなく、これこそが、いま、最大の問題となっている日本人の精神の荒廃、そして近年の様々な事件へと結びついているものと思われてなりません。

 東京都の石原知事は、昨年、靖国神社を参拝しましたが、事前の記者会見での記者の判で押したような批判的な質問に、「何で公人として靖国に行ってはいけないのか。そろそろ日本全体が、そういう訳のわからない迷妄から覚めたほうがいい」と述べました。これには心ある日本人の多くが共感を覚えたのではないでしょうか。

 諸外国では、毎年戦没者の慰霊祭を、国を挙げて盛大に執り行っております。独立記念日、戦勝記念日、その他、様々な形で大統領・首相など、国の代表者が国民と共に、戦士に深い哀悼の念を捧げるのが、あたりまえです。

 国に殉じた人たちに名誉が与えられない、あるいは尊敬されないとしたら、だれが命がけで国や家族を守ってくれるというのでしょうか。そのことを承知しているからこそ、諸外国はしっかりと戦士の慰霊をおこなっているのです。

 わが国の靖国神社は、名実共に、国の為に一命を落とした殉難者慰霊の国民的施設です。ここに、宗教うんぬんを言うこと自体がナンセンスであることは、参拝に行った人ならすぐにわかると思います。

 このように、首相の靖国神社参拝は、戦争を賛美するものでも、軍国主義を目指すものでも全くないどころか、日本国の指導者として、国の為に尽くしてくれた先人たちに衷心から慰霊と感謝の気持ちを公式参拝という形で表すことは、人間としても、最低限行なうべきマナー・礼儀なのであります。

 今回、小泉首相が、諸外国の不当な内政干渉や、国内の、ごく一部の反日的日本人の声に惑わされることなく、日本国民の代表者として、国家に殉じた戦士の方々の御霊に対し、堂々と、当然ながら公式参拝によって、慰霊する姿を期待してやみません。

 以上を申し上げ、本意見書への反対討論といたします。

 尚、この「首相の靖国神社公式参拝反対に関する意見書」には、私たち自由民主クラブ6人・市民クラブ4人(保守系無所属)・その他1人(民主党系…のちに離党)が反対しましたが、残念ながら、民主党5人・共産党3人・市民の党3人・公明党3人・社民党2人などの賛成多数で採択されてしまいました。
 英霊に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

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